「実は一年前からアパート経営始めたんですよ」と知り合いが言った。「それが今のところ大赤字で。今も赤字を垂れ流している状態で」
不動産投資、ここで言うアパート経営は儲からないと私は考えている。実際にやったことはないので経験として話すことはできないのだけれど、下記のことを考えると理論上儲けることは難しそうだと思っている。
・所有しているだけで固定資産税がかかる
・修繕費がかかる
・地震や火災などの保険料がかかる
・不動産屋へ支払う管理費がかかる
・空き部屋が出るとロスになる
・建物の老朽化は不可避
同じ投資でも株の長期投資の場合はどうだろう。特に世界経済インデックスファンドへの投資である。
・株を持っているだけで税金はかからない。なんなら「つみたてNISA」によって利益にも税金がかからない
・株券に修繕費はかからない
・株式投資に保険料はかからない
・証券会社に口座管理費を払う必要はない
・株に空き部屋が出るリスクはない
・株券は老朽化しないどころか世界経済は成長し続けている
このように見てみると、資産を増やすには株式投資の方が圧倒的に有利であるように思われる。
ではなぜ人は(儲からないように思える)不動産投資についつい手を出してしまうのか。それには5つの理由が考えられる。
1. わかりやすい収益構造
アパート経営とは誰かに部屋を貸してその家賃収入を得るというビジネスモデルである。小学生でも理解できる収益構造だ。
人にはわかりやすいことに惹かれ、それが真実だと思い込むという不合理な傾向がある。わかりにくいことは嫌われる。政治家が「今回の選挙の争点はこれだ!」と話を極限まで単純化して熱弁するのはそのためである。複雑で長い話なんて、そこに真実が含まれているとしても多くの人は面倒くさがって聞かない。「あのわかりやすいことを言っている人に投票しよう」となる。
携帯電話の料金プランも保険のプランもハンバーガー屋のセットメニューも、消費者にわかりやすいように極限まで最適化されている。人は損得まで見ていない。わかりやすいプランを提示した企業が選ばれる。
不動産投資の「貸す→収入」という極めてわかりやすいように見える構造によって「不動産投資儲かるんじゃね? だって家賃収入が自動的に入ってくるんだろ」と安易に飛びついてしまう人が少なからずいるというわけだ。ちなみに飲食店経営も同じことだと思う。
2. 今すぐにお金が手に入る
アパート経営の大きな利点に「(入居者がいれば)毎月継続して確実に収入になる」ことが挙げられる。言い換えれば「毎月確実に現金が手に入る」ということ。
もちろん、資産を増やす上で重要なのは「利益」であり「家賃収入−支出」で残ったお金が大きくプラスになることが肝要なのだが「毎月確実に現金が手に入る」インパクトの前に「支出」の部分が霞んでしまう。その上「(入居者がいれば)」の部分も楽観的に考えてしまう。
人は「今貰える10,000円」と「1年後に貰える10,500円」を提示された場合、多くは「今貰える10,000円」を選んでしまう。もっと極端にして「今貰える10,000円」と「1ヶ月後に貰える15,000円」にしても、前者を選んでしまう人は少なからずいる。人は「待てない」のだ。どう考えても「1ヶ月後に貰える15,000円」を選ぶほうが合理的なのに。この場合の「今貰える10,000円」は不動産投資のことであり、「1年後に貰える10,500円」は株式投資のことである。
そして、人は未来を楽観的に考えがちだ。「次の休みには部屋の掃除をして、料理を作って、英語の勉強をして、読書をして、ゆっくりと早く寝よう」と思っていても、結局はだらだらとしてしまって何一つ達成できないことがよくある。これは未来を過剰に楽観的に考えているせいである。同様にして「アパートに募集をかければすぐに満室になるだろー」というのも根拠のない楽観である。
3. 所有する快感
ネット証券で株式投資をする場合、株券には実態がない。所有しているという実感がない。だけど、不動産投資は物理的に物件を所有して運用することになる。所有するがために様々なコストがかかるのだけれど、人は所有欲というものがあるらしい。つまりは、所有欲に負けて不動産投資を始めてしまうケースもあるのではないかと思うのである。
あるいは、株券は紙くずになる可能性があるけれど、不動産はよっぽどのことがないかぎりそこにあり続ける、というイメージも不動産投資を唆す要因であるように思う。
だけど実際問題、インデックス投資は世界経済が崩壊(つまり地球がなくなる)しない限りは紙くずになんてならないけれど、不動産は老朽化や周辺環境の過疎化によって殆ど無価値になる可能性がある。
株券は紙くずになるかもしれない? 逆である。不動産が無価値になる可能性のほうが遥かに高いのだ。
余談だが、知り合いの知り合いに仮想通貨バブルで億単位の利益を上げ、そのお金で店を買ったという人がいた。実態のない通貨で儲けたお金を実態のある不動産に投資してしまうのは、やはり人は所有欲には勝てない証左なのかもしれないと思った。
4. 身近に感じられる(利用可能性ヒューリスティック)
私事だが、やりたい仕事なんて何もなかった私は、就職活動に差し迫られてとりあえず地元のスーパーマーケットにエントリーした。理由はない。スーパーの仕事なんてやりたくない。ただ、思い付いたのがなぜかスーパーマーケットだったのである。自炊のために毎日スーパーマーケットには通っていたので、私の中で身近に感じられたのだろう。
同様にして、私たちは実家住まいでない限りはアパートを借りて毎月の家賃を払うという行為をする。で、思う。「大家さんはいいなー。何もしなくても家賃収入があるんだもんなー」
つまり、不動産投資はそもそもが投資の中でもイメージしやすく、身近な存在であるということはかなりのアドバンテージになっているように思う。人生の中で株という情報に触れる機会はなかなかないが、家賃を払ったことのない人はあまりいないだろう。
私が安直にスーパーマーケットへ就職して失敗したように、安直に不動産投資に手を出すことも危険なような気がしてならない。
5. バブル期へのノスタルジー
ごく個人的な見解だけれど、バブル期を経験している人ほど「投資といえば不動産」と考えがちなように思う。
この度アパート経営を始めたという私の知り合いも40代である。私のかつての職場にも40代・50代でローンを組んで家を買った人が複数名いるし、実際に買っていなくても「憧れのマイホーム」という見解を崩さない人もいる。
私は今30代だが、私の周りにマイホームが欲しいという人は一人もいない。友人の奥さんはマイホームに憧れを持っていたけれど、調べてみたらデメリットが多く目に付いたのでやぱり家は要らない、という結論に達したらしい。ましてや不動産投資やアパート経営で不労所得を得たいという人も全くいない。私も不動産投資だけはやるまいと思っている。
この違いはバブル期を経験しているかどうかに求められる気がしてならない。当時は不動産価格が上昇を続けて無双モードだったと聞く。だけど現在、日本の不動産価格は下落の一途を辿っている。いま始めるなら米国株式投資のほうがよっぽど未来があるように思う。
だけど「あの頃のJ-POPは最高だった」とか「昔の映画は良かった」とか「スーファミのソフトが一番おもしろかった」というノスタルジーを抱く人が少なからずいるように、「投資といえば不動産」という呪縛から逃れられない人も少なからずいて、そういう人たちがついつい夢のアパート経営を始めてしまうような気がするのだった。
まとめ:不動産投資は素人が手出しするには難しいのではないか
冒頭の知り合いは「今は大赤字だけれど、軌道に乗れば利益が出るようになるだろう」と楽観的だ。軌道に乗るようになるかどうかは誰にもわからない。
だけど私は上記の理由から、不動産投資は素人が手出しできる分野ではないと思っている。
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▲「人はわかりやすいことを真実だと思い込む(処理流暢性)」「所有する快感(保有効果)」「人は待てない(割引現在価値)」 など、人間の興味深い不合理性について行動経済学の第一人者によって詳説されている。これを読んでいるのといないのとでは全く人生を歩むことになるだろう。

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