飄々リベル

30代でフリーランスになった無謀な日記

松本さんの「死んだら負け」に対する違和感

「農業アイドル」の方の自殺に際して松本人志さんが「死んだら負け」と強調して言及していました。松本さん自身のツイッターでも「自殺する子供をひとりでも減らすため【死んだら負け】をオレは言い続けるよ。。。」と改めて発信したことで、「死んだら負け」理論は「自殺する子供をひとりでも減らすため」という理由があったことが明らかになっています。

 

この「死んだら負け」理論は考え方の一つとして理解はできるものの、なんだかもやもやするのでした。

 

そもそも、人には「生きたい」という強い本能があると思います。であるにも関わらず自殺を選んでしまうということは、何らかの外部的要因によって正常な判断ができなくなってしまったと考えるべきだと思います。

私たちは生きるために生きているので「死んだら負け」というのは正しいでしょう。だけど、自殺を選ぶということはその「死んだら負け」を判断できない状態に陥っていたわけで、第三者に「死んだら負けだぞ」と言われても自殺の抑止に効果を発揮したかどうか疑問が残ります(少なくとも私は「別に負けで構わない」と思うでしょう)。

 

特に「農業アイドル」の方はある程度の気概を持って自らの仕事に邁進していたはずです。常人にはできない立派なことです。であるにも関わらず「死んだら負け」の一言で片付けてしまうのはあまりにも酷なことではないかと感じます。

「死んだら負け」は強者の論理なのだと思います。

 

松本さんは並々ならぬ努力の末に今の地位を勝ち取ったのだと思います。松本さん自身、過去に死にたいと思ったことがないとは言い切れないでしょう。

何のコネもない普通の一般人の身分から、いろいろな苦労がありながらも努力の末にここまでの地位に上り詰めて、それを維持し続けている。だから「死んだら負け」という理論が松本さんの中にあるのだと窺えます。

 

だけど、他人から見れば今の松本さんは全てを手にしているスターです。そんな人物に「死んだら負け」と言われても「お前が言うな」と妬まれるのがオチです。

「死んだら負け」というのは、自分よりも惨めな境遇の人から言われてこそ効果を最大限に発揮するのではないでしょうか。

  

私は子供の頃からダウンタウンの大ファンで、ダウンタウンの笑いがあったからこそ今を生きているというのは大袈裟かもしれませんが、ダウンタウンがいなかったらもっとつまらない人生だったと断言できます。友人が殆どいなかった学生時代に「ごっつええ感じ」のDVDが発売され、大きな励みになりました。

 

私がダウンタウンに、松本さんに求めているのは強者の論理ではなく、人生を彩る笑いです。であればこそ、松本さんには「死んだら負け」ではなく「俺が笑わせてやるから生きろ」くらいのことを言って欲しかった。

もちろん、シャイな松本さんのことですから、そんな野暮ったい言葉は思っていたとしても口が裂けても言わないでしょう。ましてや自身のニュース番組で発言するにはこっ恥ずかしすぎる。それに、人一人の生死を芸人という一人の人間に背負わすのは酷なことです。

 

もしかしたら松本さんは、日々の活躍の中で決して直接は口にしないけれど「俺が笑わせてやるから生きろ」を表現しているのかもしれません。

だけど、自殺という人生最大の悲劇について、松本さんの口から「死んだら負け」という言葉はあまり聞きたくなかった。嘘でもいいし無責任でも何の根拠もなくていいから、人生最大のエネルギーである笑いを肯定する発言を聞きたかったと思っています。 

少なくともそれは、私には「死んだら負け」よりはずっと心に響きます。